中学時代のチームメイトは皆バスケ推薦で高校へ進学し、私も推薦のお声がかかっていましたが、高校ではバスケをするつもりがなく、一般入試で高校へ進学しました。

 

 

本当にバスケをするつもりがなかったのですが、中学の時の先輩がバスケ部に所属しており一回だけ体験練習に来たら?と何回も言ってくるので、一回だけ行きました。汗

 

 

そして、地獄の始まりはまさにこの瞬間からでした…

 

 

入学後、あのたった一回の練習で自動的に入部が決まっていました^^;  正直びっくりしました(笑)

 

 

ですが、嫌と言えるはずもなく私が思い描いていた高校生活とは真逆の学校生活が始まりました。

 

 

当時の顧問が女の先生で見た目は綺麗なんですが、性格は鬼で声もハスキーでした。しかし、私は中学時代から合同練習でこの高校によく来ており、顧問も最初は贔屓めに見てくれていたと思います。

 

 

1、2年生の時は本当に地獄のような日々であんまり思い出したくもない思い出ばかりです^^;  チームが弱かったのもそうですが、何よりもバスケが全然楽しくなかったです。

 

 

私自身も悪い癖が出て怒られないように保守的にプレーをしていました。完全に萎縮していました。

 

 

またある時期を境に顧問が女性から男性へと変わり、スタメンを体力のある順に決めるという暴挙に出たのです。

 

 

バスケットボールにおいて40分走りきれる体力は確かに大事ですが、それでけではありません。ダッシュやジャンプなどの瞬発力、ポジション別ではコンタクトプレーも必要になります。またスキル面も欠かすことはできないです。その他の基礎体力要素や専門体力要素も必要です。

 

 

それを持久走のみの結果で上位5人をスタメンにすると言い始めたのです。陸上の長距離でもあるまいし、正直狂ってると思いました。

 

 

そして、当時私は持久力は苦手分野で上位5人には入れずスタメンを落とされました。

 

 

そこから高校バスケを引退するまでスタメンには戻れず、正直これほどバスケをつまらないと思ったことはありませんでした。

 

 

今思うと苦手分野から逃げ続けた“結果”だったのかもしれません。

 

 

持久力という問題点を改善出来なかった自分に後悔するとともに、学生時代にどのような指導者に出会うかというのはとても大事なことなんだなと思います。

 

 

しかし、そんな私の高校バスケも悪い話ばかりではありませんでした…