コラム
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50周年記念誌から蘇る原点──大阪ダイナミックスポーツ医学研究所での1カ月
先日、1998年12月に研修させていただいた「ダイナミックスポーツ医学研究所(大阪)」へ拙著を献本いたしました。
そのお礼として、50周年記念誌をお送りいただきました。
表紙に描かれた温かいアート作品を手に取った瞬間、
「本当に素晴らしい場所で学ばせてもらった」と胸の奥が熱くなりました。

■ 昭和45年。大阪万博の頃から始まっていた「情熱の歴史」
記念誌には、土井顧問が綴られた貴重な歴史が残っています。
昭和45年(1970年)大阪万博の頃、
清涼飲料水の販売量が急増し、多くの配送従事者が腰痛を発症。
当時の対処療法では原職復帰が難しい時代でした。
そこで試されたのが、
「ダイナミック運動療法」。
※ダイナミック運動療法とは、故市川宣恭先生が考案された、いろんな運動を組み合わせて全身をバランスよく鍛えながら、トラブルの起きた器官の働きを元に戻しさらに強化して再発を防ぐという運動療法。
昭和48年(1973年)、株式会社関西労働医学研究所を発足。
近畿コカ・コーラボトリングの独身寮を診療所併設の腰痛センターに改修し、
ダイナミック運動療法が開始されました。
“段階的に脊柱機能を回復させるメソッドを、腰痛休職者が不安と闘いながら実践し、
復帰していく。”
その歴史を読み、胸が震えました。
私が生まれる前から、こんなにも情熱を持って社会課題に向き合っていた方々がいたのです。

■ 憧れと縁がつないでくれた研修
私がダイナミックスポーツ医学研究所で学びたいと思った理由。
それは、当時プロ野球の初S&Cコーチとして圧倒的な存在だった 立花龍司さん が研究所の出身だったからです。
しかし──
当時は 専門学生の研修は受け入れていない。
夢は遠いように感じました。
そんな状況を変えてくれたのが、恩師(星子先生)と、
福岡ダイエーホークス(現:ソフトバンクホークス)のS&Cコーチ 川村隆史さん。
川村さんも研究所の出身で、そのご縁から私は研修へとつながりました。
勝ち取った1カ月。
その重みは今でも忘れません。
■ 桝谷とのウィークリーマンション生活
研修は同じ専門学校の桝谷さん(現在SPORTIA専務)と二人。
お互い二人か・・・と思っていました。ライバル心バチバチです(笑)。
ウィークリーマンションで共同生活を送りながら1カ月の研修。今思えば二人で良かった(笑)。
お金がないので自炊しながら、
夜な夜な2人で勉強。
毎日が新鮮で、刺激に満ちていました。
たまたま立花コーチがプロ野球選手にトレーニング指導する姿を間近で見ることができたり、
捨てられたメモを2人で拾って読み返したり(笑)。
あの時のすべてが宝物です。
■ プロスポーツ・トップリーグで活躍するOBの方々
50周年記念誌には、多くのプロスポーツ選手を支えてきたOB・OGの方々が掲載されています。

実績と歴史の重さが、1ページだけで伝わってくる迫力。
■ たった1カ月。それでも、私は“想いを受け継いでいる”
私が関わったのは、たった1カ月。
研究所の皆様から見れば、研修生の一人にすぎません。
それでも──
考え方、姿勢、情熱。
そのすべてが、間違いなく今の私の基礎になっています。
SPORTIAが25年間大切にしてきた
「週1フィットネス」
「予防医学としてのトレーニング」
「健康美」
という価値観。
それらはすべて、この研修で芽生えたものです。
■ 原点に触れ、またここから進んでいく
50周年記念誌に触れ、改めて感じました。
人が育てた情熱は、消えない。
そして、確かに受け継がれる。
私自身、微力ながらそのバトンを持って走らせてもらっている──
そう思うと心が熱くなりました。
原点に立ち返り、
また一歩、前に進みます。

(1998年12月:スタッフの方々との写真、真中二人が野村と桝谷)

(2002年12月:私がパーソナルトレーニングジム開業に向けて最終準備。ジムを見に来てくれた桝谷との写真。)
株式会社スポーティア
代表取締役 野村 幸紀